浦和地方裁判所川越支部 昭和63年(ワ)591号 判決 1992年7月02日
主文
一、被告が昭和六三年一二月一一日になした額面普通株式二〇万株の新株発行を無効とする。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら
主文と同旨の判決。
二、被告
「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。
第二、当事者の主張
一、原告らの請求原因
1. 被告は昭和一九年一二月二九日設立された株式会社であり、その発行済株式数は二〇万株で、すべて一株五〇円の額面株式である。
2. 原告らはいずれも、被告の株主であり、その持株数は、原告水村淑恵が四万一七七五株、原告水村常人及び同水村重人がそれぞれ四万一七七〇株ずつで、原告ら三名の持株数は合計一二万五三一五株である。
3. 被告は、昭和六三年一一月一五日開催した取締役会において、新株発行について次のとおりの決議をした。
(一) 額面普通株式二〇万株を発行する。
(二) 昭和六三年一一月二五日現在の株主に対し、持株一株につき新株一株の割当を行う。
(三) 申込期間は同年一一月二五日から同年一二月一〇日までとし、その期間内に申込手続をしないときは、その権利を放棄したものとみなす。
(四) 払込期日は同年一二月一〇日とする。
(五) 発行価額は一株につき五〇円とする。
4. 右の新株は払込期日に全額の払込がなされ、同年一二月一一日被告は新株二〇万株を発行した。
5. しかし、被告は、右の新株の発行に当たって、約六二・七パーセントの持株を有している原告らに対して、いずれも商法二八〇条ノ五第一項所定の新株引受権行使に関する通知をしていない。
6. 右の通知の不履行は、極めて重大な瑕疵に当たるから、原告らは被告に対し、新株二〇万株全部の発行を無効とすることを求める。
二、被告の答弁
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実は否認する。原告らの昭和六三年一一月二五日現在の持株は合計で三万四三三三株であり、原告らの主張する持株のうち、八万一三四〇株は、昭和四四年一二月二九日被告の当時の代表取締役水村三郎が退任するのに当たって、被告がその所有の川越市新宿町一丁目一〇番一四ないし一七の宅地を三郎に譲渡するのと交換に、被告が三郎から自社株として譲り受けたものであり、原告らの先代水村哲也(原告淑恵の夫、同常人及び同重人の父で昭和五四年八月二日死亡)が個人として譲り受けたものではない。
3. 請求原因3及び4の事実は認める。
4. 同5の事実は否認する。被告は、昭和六三年一一月二三日頃、宛名は間違えて原告淑恵の義母水村ふじ宛のものを送付したが、原告淑恵に対し新株発行及びその引受権に関する通知をしており、原告常人及び同重人は、当時も母である原告淑恵と同居していたから、新株発行については、仮にその通知を受けていなくても知っているはずである。原告らは新株引受権を払込期日までに行使することができたのにもかかわらず、その行使をしないために権利を失ったものである。
5. 同6は争う。
第三、証拠関係<略>
理由
一、請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで、同2の事実について検討する。
1. 成立に争いがない甲第一号証、乙第二ないし第五号証、原告水村淑恵本人の供述により成立を認めうる甲第二号証、証人平山邦雄の証言により成立を認めうる乙第一号証、右平山証人並びに原告淑恵及び被告代表者(一部)各本人の各供述によれば、次のとおりの事実が認められ、被告代表者本人の供述のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して信用することができない。
(一) 被告会社は、水村善太郎が設立した農機具の製作及び販売を主たる目的とする同族の株式会社で、同人が昭和四二年六月死亡後は、暫く同人の弟である水村三郎が代表取締役に就任していたが、昭和四四年一二月二九日、三郎は被告会社から退社し、善太郎の子である水村哲也が代表取締役に就任することになり、三郎と哲也の間で、被告所有の川越市新宿町一丁目一〇番一四ないし一七の土地を三郎が退職金代わりに譲渡を受け、同人が所有している被告会社の株式八万一三四〇株を哲也が、三郎から譲渡を受ける約束が設立した。
(二) その後は、一〇年位哲也が代表取締役に就任して被告会社を運営したが、昭和五四年八月二日死亡したので、同人の弟である現在の代表取締役水村晃がその後は被告会社の経営権を掌握している。
(三) 哲也死亡後の昭和五五年一月二五日、同人の妻である原告淑恵、同夫婦の間の子である原告常人及び同重人との間で、哲也の遺産についての分割協議が成立し、哲也が保有していた被告会社の株式については、原告淑恵が四万一七七五株、同常人及び同重人がそれぞれ四万一七七〇株ずつを承継取得することを取り決めて、水村晃は、原告常人の特別代理人として右遺産分割協議書に署名押印している。なお、右の哲也の持株一二万五三一五株は、同人が父善太郎から相続取得したものと、叔父三郎から前記のとおり譲渡を受けて取得したものとを合わせた株式数である。
したがって、被告が新株の割当基準日と決めた昭和六三年一一月二五日現在の原告らの持株数は、原告淑恵が四万一七七五株、同常人及び同重人がそれぞれ四万一七七〇株ずつであると認められる。
2. 被告は、三郎が退社するに当たって被告所有の土地の譲渡を受けており、哲也は現実にはなんら対価の出捐をしていないし、被告代表者本人の供述によれば、三郎の元の持株券は全部被告会社の倉庫に保管されていたことが認められるところから、その持株八万一三四〇株は被告が三郎から譲り受けた自社株であり、哲也が個人で譲り受けたものではないと主張する。しかし、自社株の取得は商法の規定の上でも、原則として禁止されているうえ、前掲乙第一号証(覚書)には、「水村三郎氏が所有する株式会社木屋製作所額面株式八万一三四〇株を時価四一三円にて水村哲也氏が買い取る事」旨の記載があり、同族会社において、前の代表取締役に対し、退職金代わりに会社所有の土地を譲渡し、同人の持株全部を新代表取締役が譲渡を受けて、その経営者としての地位及び発言力を安泰なものとして置くことは、社会経験則に照らして必ずしも不自然な措置であるとは認められず、哲也がその持株券を自分が代表取締役に就任している被告会社の倉庫に保管していたことも同様に納得し難い措置ではないと認められるから、これらの事実を根拠に、三郎の元の持株は全部被告が譲渡を受けて自社株になったとは肯認することはできないので、被告の右主張は採用することができない。
三、請求原因3及び4の事実は当事者間に争いがない。
四、次に、同5の事実について検討する。
1. 成立に争いがない甲第四号証、原告淑恵及び被告代表者各本人の供述によれば、被告は新株発行についての通知を原告淑恵に対して、昭和六三年一一月二三日頃したが、被告会社の従業員が、手違から同原告宛の封書中に、同原告の義母水村ふじ宛の通知書を挿入して送付し、原告常人及び同重人に対してはいずれも、その通知をしていないこと、右通知書には、新株の申込期間は同年一二月一〇日までであるのに、同月一五日までであるとする誤った記載がなされ、かつ、原告淑恵が割当を受けるべき新株引受権を有する株式数の記載が全くないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2. 右認定の事実に徴すると、たとえ、原告常人及び同重人が母である原告淑恵と同居していても、原告常人及び同重人に対する商法二八〇条ノ五第一項所定の新株引受権についての通知を被告がしていないことには、なんの変わりもなく、原告淑恵に対する通知は、その宛名及び申込期間の記載を誤っているうえ、新株の割当数の記載を欠いており、かつ、被告代表者本人の供述及び本件訴訟の経過からみて、被告代表者水村晃は、原告らの全部の持株は、昭和六三年一一月二五日現在において三万四三三三株であり、一二万五三一五株ではないと争っているから、仮に原告らが新株引受の申込をしたとしても、新株の割当数を原告らの主張どおりには認めなかったことは明らかであるので、原告淑恵に対する通知にも、重大な瑕疵があり、新株引受権についての通知がないことと同視されるものというべきである。
五、そうすると、昭和六三年一一月二五日現在の原告ら全員の持株数の全発行済株式数に対し占める六二パーセント余の割合から考えて、被告が商法二八〇条ノ五第一項所定の通知を原告らに対してしなかった新株発行手続上の瑕疵は、極めて重大であり、原告らの新株引受権及び被告会社における株主としての地位及び発言力を著しく侵害するものであるから、新株発行の無効原因を構成するというべきである。なお、成立に争いがない甲第三号証によれば、被告は本件の新株の発行について同法二八〇条ノ三ノ二所定の公告をしていることは認められるけれども、その公告をしても同法二八〇条ノ五第一項所定の通知が、法律上不要になるものとはいえず、また、新株発行の無効の訴訟提起に、その発行差止請求が前提要件となるものでもないから、原告らがその差止請求をしなかったことが、なんら本訴新株発行無効の訴訟提起の障害になるものでもない。
六、以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由があるから、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。